Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

プロフィール

サッカー大好き!平成4年生まれです。

管理人:Kです。

生まれと育ち

沖縄県で生まれ、沖縄県で育ちました。

時間にルーズな印象の沖縄ですが、ルーズな人は大っ嫌いです。(笑)

 

早寝早起きの小学生時代

 

小学生時代は、学校の先生が言うことが絶対!っという自分のなかのポリシーがあったようです。

学校の先生が、21時には寝なさいと言われれば、お家で21時になると、自分で寝ればいいのに、先生に怒られると他人に八つ当たりをして、よく泣いていたようです。

寝るのが早い分、起きるのは、いつも5時には起きていました。

朝のポンキッキの『花子さんがきた!!』が毎朝の日課でした。

 

部活動は、サッカー部で運動が大好きな人間でしたが、その当時から、やや他人とは違う考え方をしていたため、

悪意はないのに、悪意的に捉えられてしまって喧嘩したりすることもしばしばありました。

 

よいこのあゆみ(沖縄の成績簿)では、小学校6年生で、『頑張ろう』=オール1のようなものをもらってしまい、

勉強のことは余り干渉をしない親だったが、半ギレ状態でお家の近くの本屋に『本を読め』と連れていかれたのを覚えています。

本嫌いの状態で、『ハリーポッターの賢者の石』を選ぶあたりが、当時の馬鹿さレベルを物語っているそんなー小学生時代でした。

 

勉強なにそれ中学生時代

中学校では、サッカー・陸上を中心にスポーツに向き合っていた印象が強い・・。

勉強は相変わらず、学年180名ほどの学校で、席次は160番目

ちなみに、最高は、120番台(3年間塾に通ってこの数字)

この時、自宅にPC(パソコン)がやってきました。

 

その時PCで流行っていたのは、『ちんぴんどう』という、

ゲーム・動画ができるサイトでした。

パソコンって『スゲー』と感じる一方、【Microsoft Windows 98】

でしたので、すぐ固まるのが印象的でした。

 

au(エーユー)から、WIN(ウィン)というネット使い放題の携帯が販売されたのも

この頃です。その当時のSNSは、モバゲー・グリーなどが流行っていたのがこの頃です。

 

何となくで入った高校生時代

高校時代は、急に勉強に対して、魅力を感じ始めたのがこの頃でした。

魅力といっても、そんなかっこいいものではなく、このままだとやばい!という、『将来への焦り』を感じていました。

それゆえに、工業高校で資格を取れば取るだけ有利だと思い、意味もなく資格勉強に励んでいました。

ガソリンスタンドといえば、危険物取扱者(乙四類)合格率は、30%台とやや難易度が高めだとその時は、思っていました。笑

合計5~6回受験して、ようやく合格!!受けた回数も定かではないくらい受けまくっていました。沖縄県の危険物試験は、4カ月に1回のスパンくらいでしたので、

危険物を取得するまでに、約2年間費やしたことになります。

 

この頃は、今で言うガラケーで、ポイントサイト『モッピー』などを利用してお小遣いを稼いでいました。

やり方は内緒ですが、『友達を紹介』で、1件200円単価とかのをしており、友達紹介人数254名くらいまで、紹介したのを覚えています。

254人紹介して、254人*200円=¥50800円高校生にしては、こんなに貰っていいの!?という感じでした。

でも結局、急激に友達紹介数が上がったことで運営側に怪しまれてしまい、この金額が水の泡になりました。そんな、高校時代でした。

 

地元を離れたかった専門学生時代

専門学校時代は、ただただ沖縄を離れて本土(県外)に行ってみたいという気持ちが強かった専門学校時代でした。

専門学校の、科目は『IT学科』を専攻していたもののワープロ検定・ホームページ作成検定など、今のサイト作りには役に立っていることといえば、HTMLくらいで

大した勉強もしてきませんでした。学校は2年間でしたが、『働きながら学べる』なんちゃらという学校のシステムを利用して、

半年間ITとは全く関係のない派遣で自動車工場の作業員として京都に行ってきました。

 

なんだかんだ、一番の黒歴史は、この時代かもしれません。

専門とは名ばかりで、学生という身分半分、派遣社員をしていただけだからである。

すべて、なんとなくで決めて生きてきたので、専門学校に入学する際、奨学金200万円もゆっくり返そうとただただ考えていました。

 

この頃思っていたのが、『ローン』というのを、お金を稼げていない状態で利用するのは非常に危険だし、

人生を楽観的に捉えてしまい、現実とのギャップに苦しむことになった専門学校時代でした。

社会人時代

社会人になり、この時から奨学金を早く返そうと意識していました。

社会人はもっと稼げると思った・・・。

最初の会社は、給料21.5万円→24万→40万→ニートに至ります。

矢印の個数だけ、転職したことになります。笑

短期のアルバイトなども含めると、後10個はあるかもしれません・・。

 

働いても、なんかこの仕事に対して『将来が見えない』という理由で辞めまくっていました。

わずか、2年で4社というヘタレです。笑

 

今思うと、『将来が見えない』この仕事に時間をかけても、実りが少ないと感じていたから、

無駄な時間を使わなくていいため、どんどんいろんなことに挑戦できたので、結果的に

自分の中ではOKということになっています。

客観的に見たらとか、社会から見たらとかそんなの知りません。笑

 

社会人時代では、結局奨学金200万を28歳完済予定→22歳完済することができました。

 

完済したことで、気持ち的にも楽になり、何か自分で出来たらということを考え始めてきたのがこの頃でした。

 

この段階で、もう正社員で働くのは絶対いやという考えになっており、

残業なし』『土日休み』『9時~18時退社』の会社を選ぶ、派遣社員として入社しました。

 

案外、この手の条件の会社は今多いかもしれません。

正社員にすることはできないけど、人員は欲しいみたいな。

 

そんなこんなで、当時流行っていたメルカリから、自営業人生スタートしました。笑

その当時は、『お金なし』『知識なし』『時間たっぷりあり』の状態でしたので、

メルカリでひたすら売れている商品を見ていました。

 

だいたい感覚がわかってきてようやく、メルカリで購入して、ヤフオクで販売してみたいな感じで

販売サイト間でも、利益がでるようになってきました。

 

それをひたすら繰り返してたら、いつの間にか『個人事業主』になってました。

 

自営業~現在

そんなこんなで、紆余曲折(ウヨキョクセツ)あり、物販→現在専業アフィリエイトをしています。

まだ、収入は人1人食べていけるくらいですが、引き続きサイト作成を楽しんでいこうと思います。